farisuの真実の紐解き

「預言者mebiusu」の息子の「真実の紐解き」のブログです。

「真の御家庭」研究 六マリアの真相 4

No 30 『「真の御家庭」研究 六マリアの真相 4 』2016-10-22


ブログ「ちゃぬの裏韓国日記」のタイトル「文教祖と統一教会が隠蔽したい過去 『師匠は血分けの巨匠 金百文』に、興味深い内容の記事が書かれています。


『まず、文教祖に至るまでに神霊集団の流れを時系列で見てみましょう。
1923年に金聖道ハルモニが神から「堕落の原因は淫行だった」と直接教えられたとしたことが、神霊集団の出発点になるでしょう。
堕落論をイエスから教えられたのは、文教祖ではなく金聖道ハルモニが先。』
(金聖道ハルモニが啓示を受けたときの様子(下記参照))


 『<金聖道ハルモニの堕落論から派生した神霊集団の流れ>
1923年 金聖道が堕落論を神から伝授される
1932年 金聖道の元に神霊集団の白南柱・李龍道らが集結
1935年 金百文が白南柱の弟子になる
1936年 文教組がイエスから啓示を受ける
1940年から45年頃 文鮮明教祖が堕落論含む原理の解明
1945年 文教祖が金百文のイスラエル修道院入教
1946年 文教祖が金百文からソロモン王の祝福を受ける

↓   ↓   ↓
このことから、文教祖が神霊集団の全ての内容を相続する


ここで注意しなければいけないのは、あくまで文教祖が摂理の中心だと言っていた神霊集団はキリスト教では「血分け・混淫」するとして異端視されていたということです。』


 「金聖道ハルモニ」という方は、どのようなお方だったのでしょうか。


「洪順愛大母様」の御言葉があります。


侍義と精誠の生涯」に、


 「今から五十三年前(一九二二年)、現在の北朝鮮で、金聖道老人を通して新しい役事が現れました。金聖道おばあさんは、キリスト教徒であったわけではありません。
特別な信仰も持たず、結婚して五人の子供たちを抱えて暮らしを支えていく中、金聖道おばあさんは、突然病気にかかりました。そこで、イエス様を信じる勧士たちを連れてきて按手を受けると、病が癒されたのです。
このおばあさんは、家庭生活をしていましたが、夫婦の愛情を知らないで暮らしていました。按手を受けてお祈りをしてもらうことによって病気が治ったので、イエス様を信じることが、どれほど素晴らしいかをおばあさんは感じたのです。」


 その金聖道おばあさんに神様の啓示がありました。


 「おばあさんは、毎日礼拝堂に行ってお祈りする中で、牧師を神様のように尊敬し、その牧師から神様のみ言を聞くようになりました。
ところが、神様のみ言を語っていたその牧師が、男女問題で堕落してしまったのです。おばあさんは、以前にも増して切実に、「どうして、神様のように信じていた牧師が、このようなことをするのですか?」と天の前にお祈りをすると、神様は創世記三章を教えてくださいました。
神様は、「今日まで全世界のキリスト教徒の中で、この根本問題についてこのように探り出そうとした人は一人もいなかった。しかし、おまえがこのように熱心に知ろうとするので、教えてあげよう」と言われたのです。
エデンの園でアダムとエバは、性問題によって堕落したのであり、善悪の果とは、果物のことではないということをそのとき教えてくださいました。「全人類には原罪がある」と言われたのです。

それでおばあさんは、「この原罪を脱ぐためにはどうしたらいいのですか?」と、またお祈りを始めました。お祈りの中で、「イエス様の血の功労によって原罪がなくなるのであり、イエス様の血の功労がなければ原罪はなくならない」という確答を得たのでした。
全世界のキリスト教徒は、神様は全知全能であり、天の高い御座におられて、人間に福だけを与えておられ、悲しみなどは一つもないと思っているのですが、お祈りをする中で、そうではないということが分かったのです。
また神様は、「二つの大きな悲しみがある」と言われました。一番目は、愛する息子と娘が堕落したことによる悲しみ、二番目は、死ぬはずではなかったイエス様が、十字架で殺害された悲しみです。
それでおばあさんは、神様は復帰歴史の中で、悲しみの涙を流されながら役事しておられたということが分かったのです。」


 御父様が解明されたという「原理」が、20年ほども前に、金聖道おばあさんに神様から知らされていたということになります。


 1923年 金聖道が堕落論を神から伝授される


1940年から45年頃 文鮮明教祖が堕落論含む原理の解明


 金聖道おばあさんの証をされる「洪順愛大母様」は、先回の投稿で紹介した、今まで聞いてきた御父様の原理解明の証をそのまま、受け入れていなかったのではないでしょうか。


もう一度、読んでみてください。


「先ず始めに、文先生はキリスト教の牧師を尋ね、聖書のことを聞いたり、ご自身でも聖書が赤鉛筆で真っ赤に成る程、端から端まで調べてみられました。しかし、聖書は直接、神の存在、存在様相、創造理想の実現方法も、現実の問題解決の方法も具体的に提示してはくれませんでした。それで、文先生は一度聖書を置いて、直接に祈りで真理探究の道を行かれるようになりました。
本来、アダムは神が言われた「取って食べてはならない」というみ言を失い、そのみ言をサタンが奪ったので、その代わりに文先生は、最後のアダム、イエス様の再臨として、サタンからみ言を取り戻してこなければならず、その道は先ず、霊と祈りの闘いであったと言います。
最初の疑問は「神は存在するか?」という所から出発されました。北鮮の冬は-20℃にもなります。その寒さの中で綿入りの服がビショビショに成る程のエネルギーを投入して祈られたと言います。何日も何日も文先生は「神は居るのか?居るとすれば人間とはどのような関係があるのか?」と祈っていかれました。深く祈ると霊体が肉体を離れて宇宙にまで行き、そして実感として神の実在が伝わってきます。そしてさらに人との関係は何か?と祈ってゆくと最後には「親子の関係」だと伝わってきます。「親子の関係」が天宙の中心の関係だというのです。
そのように祈りを深めて、「神様の願いは何か?」「何故、神は天宙を創造されたのか?」「宇宙の根本は何か?」と次々に求めていかれました。
ある時、文先生は神様に「今まで本当に神様の心を知るものは居たのでしょうか?」と尋ねてみられたところ、神様ははっきりと「居なかった」と言われました。「今は居ますか?」と尋ねると、またはっきりと「居ない」と答えられ、「これから現れますか?」と尋ねると、「私は、わからない」と答えられたということです。』


『文先生も真理を解明することの難しさは例えれば飛行機から太平洋に砂一粒を落とし、その一粒を海に潜って一瞬に拾い上げることよりも難しいと言われました。
「サタンとは何か?」「原罪とは何か?」そのことを知るために、時には真っ向からサタンと対決したと言われます。
文先生は、「サタンとはすごい存在だよ、あなた達がまともにサタンに出会ったら骨も残らない。悪のエネルギーの塊だ」とおっしゃいました。
毎日が真理を悟るために集中した生活だったと言います。例えて言うならば、それはまるで屋根裏を走る鼠の目を槍で突くようなもので、木の葉が一枚落ちても何かを悟ろうとされながら行かれたと言うことです。
全ての原理を解かれた後、次には霊界で試験を受けられました。
イエス様を始め、聖人達、果ては神様までもが文先生が解かれた内容に対して否定されたと言います。文先生は、「最後まで聞いて判断してください」と説明していかれました。そして40日の闘いの後には、必死の全霊界の反対を押し切って、神様が「彼の言うことは正しい」と言われました。全霊界が否定できなくなりました。その闘いに望む時、文先生は400年闘っても引かないと決意していたそうです。』


 興味深い事に気づきました。


金聖道おばあさんは、神様から


「今日まで全世界のキリスト教徒の中で、この根本問題についてこのように探り出そうとした人は一人もいなかった。しかし、おまえがこのように熱心に知ろうとするので、教えてあげよう」と言われたのです。


御父様は、神様から


「ある時、文先生は神様に「今まで本当に神様の心を知るものは居たのでしょうか?」と尋ねてみられたところ、神様ははっきりと「居なかった」と言われました。「今は居ますか?」と尋ねると、またはっきりと「居ない」と答えられ、「これから現れますか?」と尋ねると、「私は、わからない」と答えられたということです。』と言われています。


 金聖道おばあさんの神様から与えられた「原理の骨子」を20年後、御父様が、独自の探求によって、金聖道おばあさんの解明の基台の上に、同じ内容を解明されたということもできますし、


 『そして金百文氏の教義は「男女間の性的交際において肉体の情欲性を聖化」というものです。
文教祖は、この教義を教わるために金百文のイスラエル修道院に入教したのです。金百文氏は、17歳のとき白南柱氏と共にいましたが、文教祖が言うには金百文氏は、李龍道⇒李浩彬⇒金百文という流れで摂理が相続されていったとしています。
文教祖が最初の妻と結婚式を挙げたときの主礼も神霊集団の「李浩彬牧師」でした。』


 ということで、先回の投稿の


 『「イエス教会」の所属教会である明水台教 会に通い始め、そこで日曜学校の講師をするなど熱心に活動する。「イエス教会」のリーダー である李許彬が明水台教会を訪問した際に二人は会っており、文がそこで「神の摂理」と「究 極の真理」を体得したと語っているだけでなく、文の初婚時には李許彬が主礼を引き受ける72 など両者は深い関係にいたことが推察できる。また、文は李龍道を自分の思想的、歴史的なル ーツと捉えており73、李龍道の妻を統一教に入教させようとした74 という記録もある。』(古田富建「韓国キリスト教系新宗教のイエス観 : 李龍道の晩年期の再考察とその系譜団体のイエス観」)


 で、「原理の骨子」の基礎を学んだということもできます。


 あるいは、ほとんどパクったということもできます。


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教祖の権威を高めるために、多少の誇張や事実の隠蔽があるのは仕方の無いことですが、


教会では、知らされなかった「堕落論」に関する事実が、金聖道おばあさんの第一弟子とご本人が言われる「洪順愛大母様」の証は、「ベルベディア」でされておられるので、初期のシックの方たちは、私たちが伝えられていなかったような内容を当然のごとく知っていたのではないでしょうか。教会の組織が拡大されるに従い、初期の事実とは違う内容が創り上げあれてしまったのではないでしょうか。


だからといって、お父様が「再臨主」ではなく、自称「メシア」であると断定するのは、早計で、「御言葉」と「祈り」によって、「神様」から、真実を得るべきであると思います。盲目的ではなく、「論理」と「感性」によって、見極めていくことが大切であると思います。

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